人気ブログランキング |

実家の義姉さんが逝く

8月30日 夜8時半頃山口周防大島の実家の跡取り清君から亡くなったことを電話で知らされた。
痰が詰まって容態が急変したそうだ。
92歳。この10月で93歳の誕生日を迎えるはずだった。
2年くらい前に動けなくなって病院に入院し退院できないまま病院で息を引き取った。
食事ものどを通らなくなって、点滴だけとなったが長く入院して治療を受けた。
点滴だけではもう長くはないだろうと思ってたが、心臓が強く病院の看護も手厚いので長く生きられたようだ。
163.png帰郷
31日は姉さんは病院から実家に移され一晩過ごした。
9月1日が通夜、2日に葬式と段取りが決まった。
1日午前中に新幹線で山口に向かった。広島で山陽線ローカルに乗り換えて周防大島に4時ころ到着し、予約しておいたホテル大観荘にチェックイン。
通夜や葬式の場所は実家ではなく共同斎場で行われた。この頃はどこの家も皆自分の家ではなくてこうした場所で行われるとか。
ホテルから近い場所だったので通夜に向かう親族に車にひろってもらって通夜に出向いた。親族や実家の知り合いが参列され、その夜は喪主である長男夫婦と3男がその斎場で夜を明かした。
2日10時から葬式が執り行われた。親族あわせて100人近くの人が見送りしてくれた。
親族でもある例の奇跡の生還をした2歳児の祖父藤本さんも律儀にも参列してくれた。
昼前に斎場隣の火葬場での火葬と骨あげ、そのあと菩提寺での環骨回向を受けて遺骨とともに実家に帰った。
ほっとして甥っ子たちと休み、墓参りや姉さんの思い出などを話してくつろいだ。
162.png感謝
これで実家のわが兄弟はいなくなり、3人の甥っ子やその子供たちの世代になった。
この実家で過ごした小、中、高校の10年以上を実の子供の様に世話をしてくれた姉さんには感謝に堪えない。
自分だけではなく、自分の父母の最期を看取ってくれたのもこの姉さんだ。
先に逝った連れ合いの実兄も看取ってくれた。これでやっと夫婦で亡き父母の墓の隣に収まってまたあの世で仲良くやってくれることだろう。
姉さんを最後まで看病してくれた跡取りの清君夫婦やその子ども達、実家を離れた二人の息子たちが立派な告別式を執り行ってくれて叔父としてうれしかった。
感謝をして宿に帰り、その夜は静かに瀬戸の海と夕暮れを眺めて夜を過ごした。
翌2日朝の内に大島を立って一路新幹線で我が家の帰った。
送別の段取りも順調で、天候も運がよかった。
出棺のときは小雨が降った。通夜が始まると雨が上がり、葬式の日はづっと晴れて式は滞りなかった。
177.png島の懐かしい風景
風立ちぬ 残りし者よ いざ生きめやも
実家の前の海
b0057924_22300533.jpg
b0057924_22302776.jpg
実家のバラ園の守り犬
b0057924_22304449.jpg
菩提寺の裏山
b0057924_22321258.jpg
大島瀬戸 ホテルの窓からの夕焼と朝の灯台
b0057924_22322987.jpg
b0057924_22324541.jpg
島に架かる橋
b0057924_22330636.jpg


by masayosi-oouchi | 2018-09-10 22:24 | おくりびと | Comments(0)

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子供の声聞けば わが身さえこそ揺るがるれ(梁塵秘抄) since2004 


by まさ